親の家計を把握する — 財布を取り上げずに、全体像だけつかむ
介護が始まってから最初にぶつかるのが「親のお金がどこにいくらあるか、誰も知らない」という状態です。かといって「いくら持ってるの」と正面から聞けば、たいてい警戒されて終わります。ここでは、管理を奪うのではなく全体像だけをつかむための順番と、切り出し方を整理します。目的は、親が自分のお金で自分の老後をまかなえるようにすることです。
まず見る紙
年金振込通知書
毎年6月ごろ届く。手取りがわかる
支出の把握
通帳の引き落とし12か月分
固定費はここに全部出る
やってはいけない
通帳を預かる
関係が壊れ、後で疑われる
目的
親のお金で親の老後を
子の持ち出しを防ぐ
なぜ、元気なうちに必要か
- 認知症になると口座が動かせない — 銀行が把握した時点で引き出しが止まります。子であっても代理では下ろせません(凍結の仕組み)
- 介護費用を子が立て替え始めると戻らない — 「あとで精算」のつもりが記録もなく、相続のときにきょうだい間の不信のもとになります
- 入院や施設入居は即座に判断を迫られる — 入居金や月額を「払えるかどうか」で決めるのに、原資がわからないと決められない
- 亡くなった後の負担が段違い — 口座の所在がわからないと、相続手続きが数か月延びます
- 被害に気づける — 訪問販売、不要な保険の乗り換え、投資被害は、通帳を一度見れば見つかることが多い
手順1 — 収入をつかむ(紙3枚)
| 年金振込通知書 | 毎年6月ごろ日本年金機構から届く。2か月に1度の振込額と、天引きされている介護保険料・後期高齢者医療保険料・住民税が書かれている。手取りはこの紙が最も正確 |
|---|---|
| 公的年金等の源泉徴収票 | 毎年1月ごろ届く。1年間の年金額と社会保険料の総額 |
| その他の収入 | 企業年金、個人年金、家賃収入、まだ働いている場合の給与。企業年金は本人も忘れていることがある |
| 通帳の入金欄 | 偶数月の15日前後に年金が入る。通帳を1年分めくれば、収入は漏れなく拾える |
手順2 — 出ていくお金を洗い出す
家計簿をつけてもらう必要はありません。通帳の引き落とし12か月分を見れば固定費はほぼ全部出ます。
- 住まい — 家賃または固定資産税、マンションの管理費・修繕積立金、火災保険
- 光熱・通信 — 電気・ガス・水道、固定電話、携帯、インターネット。使っていない固定電話やプロバイダ契約が残っていることが多い
- 保険 — 生命保険、医療保険、共済。80代で死亡保障の高い保険を払い続けているケースは珍しくない(保険の見直し)
- 定期購入 — 新聞、健康食品、化粧品、ウォーターサーバー。カード明細も要確認
- 会費 — 町内会、同窓会、互助会、冠婚葬祭の積立
- 医療・介護 — 病院、薬、デイサービスの自己負担
- 借入 — 住宅ローンの残り、カードローン、リフォームローン。親の借金は相続で子に来る(負債の調べ方)
やり方 通帳を借りるのではなく、親と一緒に見ながら、引き落としの項目だけを紙に書き出す。金額は書かなくても構いません。「これ何の引き落とし?」と1件ずつ聞いていくと、親自身が「これ、もう要らないな」と言い出すことがよくあります。子が判断せず、親に判断してもらうのがこの作業の要点です。1回2時間、2回に分ければ終わります。
手順3 — 資産と契約の所在を一覧にする
| 預貯金 | 金融機関名と支店名だけで十分(残高は聞かなくてよい)。ゆうちょ、地銀、労金、農協、ネット銀行まで。通帳のない口座に注意 |
|---|---|
| 証券・投資 | 証券会社名。親が高齢になってから始めた投資は、勧誘によるものかを確認 |
| 保険 | 保険会社名と証券の保管場所。受取人が誰になっているか(古い契約は受取人が亡くなった人のまま、ということがある) |
| 不動産 | 権利証・登記識別情報の場所、固定資産税の納税通知書。名義が祖父母のままでないか |
| 貸金庫 | あることを知らないと、死後に開けるのに全相続人の同意が要り、手続きが止まる |
| デジタル | ネット銀行・ネット証券・スマホ決済。通帳がないため、存在自体に気づけない |
書き出す先はエンディングノートでも、ノート1冊でも構いません。置き場所を家族が知っていることが本質で、様式は問いません。
補足
「うちの親に限って」と思っていても、通帳を見ると必ず何か出てきます。よくあるのは、20年前に契約して払い続けている使わない保険、解約したつもりの定期購入、亡くなった配偶者名義のまま残っている引き落とし。悪意ではなく、単に手続きが面倒で放置されているだけです。ここを片づけるだけで月1万〜3万円浮くことがあり、その実績が「話してよかった」という空気を作ります。最初の成果は、削減額そのものより信頼だと考えてください。
減らせる固定費の目安
実際に見直しの対象になりやすいものを、金額の大きい順に並べます。1件あたりは小さくても、年単位・10年単位では大きな差になります。
| 使っていない生命保険 | 月5,000〜20,000円。子が独立した後の高額な死亡保障は役目を終えていることが多い。解約返戻金があれば手元にも戻る |
|---|---|
| 固定電話 | 月1,700〜3,000円。携帯があり、かかってくるのが勧誘だけなら解約の候補 |
| 使わないインターネット回線 | 月4,000〜6,000円。パソコンを使わなくなった後も契約が残っている例が多い |
| 携帯電話のプラン | 月2,000〜4,000円の差。大容量プランのままで、実際は月1GBも使っていないことがある |
| 定期購入・健康食品 | 月3,000〜10,000円。届いた箱が開封されずに積まれていないか確認 |
| 新聞 | 月3,000〜4,900円。読んでいるかどうかは本人に判断してもらう |
| 冠婚葬祭の互助会 | 月1,000〜3,000円。積立総額と、解約時の手数料を確認する |
効果の計算 仮に固定電話2,000円、使わない回線5,000円、役目を終えた保険10,000円、定期購入5,000円を整理できれば月22,000円=年264,000円。85歳から95歳までの10年で約264万円になります。これは介護付き有料老人ホームの1年分の費用に相当します。取り上げる話ではなく、親の老後を長持ちさせる話だと伝えてください。
詐欺・不要な契約の兆候
- 身に覚えのない引き落としが増えている — 定期購入や、リース契約の可能性
- 短期間に大きな出金がある — 訪問販売、投資勧誘、還付金詐欺。ATMで携帯電話で話しながらの操作は典型
- 家に不要な物が増えている — 布団、浄水器、健康器具。同じ会社から繰り返し買っている場合は要注意
- 証券会社から頻繁に郵便が来る — 高齢者への回転売買(頻繁な売買)がないか
- リフォームの契約書 — 屋根や外壁は不安をあおる訪問販売の定番
- 相談先 — 消費者ホットライン 188(局番なし)。契約書の日付から8日以内なら訪問販売はクーリング・オフができます。地域包括支援センターも相談に乗ります
手順4 — 介護費用を親のお金で払える体制にする
| 支払い用の口座を1つに | 年金が入る口座から施設費や医療費が引き落とされる形に整理。子が立て替えなくて済む状態にしておく |
|---|---|
| キャッシュカードと暗証番号 | 共有は銀行の規約違反になり得るうえ、後で他のきょうだいから使い込みを疑われる。安易に預からない |
| 代理人制度 | 金融機関の代理人カード(本人が元気なうちに手続き)、予約型代理人サービス。銀行によって名称と条件が違うので窓口で確認 |
| 日常生活自立支援事業 | 社会福祉協議会が、判断力が不十分な人の公共料金支払いや通帳管理を有料で支援 |
| 任意後見・家族信託 | 本格的な備え。判断力があるうちにしか契約できない(任意後見の仕組み) |
| 立て替えたら記録する | やむを得ず子が払った分は、日付・金額・内容をノートと領収書で残す。相続のときの精算根拠になります |
切り出し方 — 使える言葉と、避ける言葉
- 自分の話から始める — 「うちも保険を見直したんだけど、そっちはどうしてる?」。親の管理能力を疑う形にしない
- 制度を口実にする — 「高額療養費っていう制度があるらしくて、収入で上限が変わるんだって。年金の通知書ある?」
- 手続きを手伝う体で — 「確定申告、一緒にやろうか」「銀行の記帳、ついでにやってこようか」
- 減らせる話にする — 「使ってない固定電話、まだ払ってない?」。取り上げる話ではなく、得する話から入る
- 避ける言葉 — 「いくらあるの」「そんな無駄遣いして」「もう管理できないでしょう」。財産の話は、親にとって自立の話です
- きょうだいには同時に共有 — 1人だけが把握している状態が、最も揉めます。わかったことは全員に同じ内容を送る
チェックリスト
- 年金振込通知書を見せてもらい、手取りの月額を把握した
- 企業年金・個人年金・その他の収入を確認した
- 通帳の引き落とし12か月分を、親と一緒に見て書き出した
- 使っていない契約(固定電話・定期購入・不要な保険)を親自身に判断してもらった
- 金融機関・証券会社・保険会社の「名前と場所」を一覧にした
- 貸金庫とネット上の口座の有無を確認した
- 借入の有無を確認した
- 施設費や医療費が親の口座から引き落とされる形に整えた
- 代理人カードや任意後見を、判断力があるうちに検討した
- わかったことをきょうだい全員に同じ内容で共有した
よくある質問
- 親がお金の話を嫌がります。どう切り出せばよいですか
- 残高を聞くのではなく、減らせる話から入ってください。「使っていない固定電話、まだ払ってない?」「保険を見直したら安くなったけど、そっちはどう?」のように、自分の話や制度の話を口実にすると受け入れられやすくなります。管理能力を疑う言い方は逆効果です。
- 通帳やキャッシュカードは預かった方がよいですか
- 安易に預からないでください。銀行の規約上の問題があるうえ、後になって他のきょうだいから使い込みを疑われる原因になります。必要なら金融機関の代理人カードや予約型代理人サービス、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業、任意後見といった正規の仕組みを使ってください。
- 親の支出を全部把握するのは大変ではありませんか
- 家計簿は必要ありません。通帳の引き落とし12か月分を見れば固定費はほぼ出そろいます。親と一緒に「これは何の引き落とし?」と1件ずつ確認していく形なら、1回2時間を2回でおおむね終わります。
- 介護費用は子が立て替えてもよいですか
- 原則は親のお金でまかなえる体制を先に作ることです。やむを得ず立て替えた場合は、日付・金額・内容をノートと領収書で必ず記録してください。記録がないと相続のときに精算を主張できず、きょうだい間の不信の原因になります。
- 不審な契約や詐欺の被害が疑われるときはどこに相談しますか
- 消費者ホットライン188(局番なし)に電話すると、最寄りの消費生活センターにつながります。訪問販売は契約書の交付日から8日以内ならクーリング・オフができます。地域包括支援センターも高齢者の消費者被害の相談窓口になっています。
あわせて確認 — 聞いておく項目の全体は親が元気なうちに確認する30項目、口座が凍結される仕組みは認知症とお金、介護費用の目安は介護が始まるとき、実家の名義は実家の名義確認へ。自分の家計は老後資金の見通しに。
※制度・窓口は本ページ作成時点の一般的な説明です。金融機関のサービス名や条件は各行で異なります。個別の判断は金融機関・司法書士・社会福祉協議会等にご確認ください。