老後資金の見通しを立てる — 自分の数字で確かめる
「老後2,000万円」という数字が独り歩きしましたが、必要額は人によって何倍も違います。持ち家か賃貸か、年金がいくらか、いつまで働くか。他人の平均ではなく、自分の数字を並べるのが唯一の方法です。ここでは、年金額の調べ方から、95歳までの収支を1枚に並べる手順までを説明します。電卓と、年に一度届くはがき1枚から始められます。
まず調べる
ねんきんネット
見込額を条件別に試算できる
繰下げ受給
1か月あたり0.7%増
75歳まで待てば84%増
繰上げ受給
1か月あたり0.4%減
60歳なら24%減・一生続く
計算する年齢
95歳まで
平均寿命ではなく長生きを前提に
手順1 — 年金がいくら入るかを確認する
- ねんきん定期便 — 誕生月に届くはがき。50歳未満はこれまでの加入実績に応じた額、50歳以上は今の条件で60歳まで加入した場合の見込額が書かれている。この違いを取り違えると計算が狂う
- ねんきんネット — 日本年金機構のサイト。マイナポータルと連携すればすぐ使える。「何歳まで働くか」「繰下げるか」を変えて試算できるのが最大の利点
- 企業年金・iDeCo・個人年金 — 勤務先の企業年金(確定給付・企業型DC)、iDeCo、生命保険会社の個人年金。忘れられがちだが、月に数万円になることがある
- 加入漏れの確認 — 転職が多かった人、結婚で姓が変わった人は記録が分かれていることがある。ねんきんネットで加入履歴を一度通して見る
- 手取りは額面より少ない — 年金からも介護保険料・国民健康保険料(後期高齢者医療保険料)・所得税・住民税が引かれる。額面の85〜90%を手取りの目安に
手順2 — 受け取り方を決める
| 65歳から受給(原則) | 標準。加給年金や振替加算がある場合は、受給開始との関係を確認 |
|---|---|
| 繰下げ受給 | 66歳以降に遅らせると1か月0.7%増額。70歳で42%増、75歳で84%増。増えた額は一生続く。長生きするほど有利だが、増えた分だけ税・社会保険料も増える |
| 繰上げ受給 | 60〜64歳で受け取ると1か月0.4%減額。60歳なら24%減。減額は一生戻らない。障害年金が受けられなくなるなどの制約もある |
| 老齢基礎年金と厚生年金は別々に | 片方だけ繰下げることもできる。基礎年金だけ繰下げ、厚生年金は65歳からといった組み合わせが可能 |
| 働きながら受け取る | 在職老齢年金の仕組みで、給与と厚生年金の合計が基準額を超えると厚生年金の一部が停止される(基礎年金は対象外) |
補足
繰下げ受給は「損益分岐点」で語られがちです。70歳まで繰下げた場合、受給総額が65歳受給に追いつくのは81歳前後。ただしこの計算には落とし穴があって、増えた年金には税と社会保険料がかかり、手取りベースだと分岐点は数年後ろにずれます。それでも繰下げを選ぶ理由があるとすれば、「長生きしたときにお金が尽きる」という最悪の事態への保険だからです。得か損かではなく、どちらの失敗が怖いかで選ぶ問題だと考えてください。
手順3 — 出ていくお金を並べる
| 毎月の生活費 | 今の家計簿から、通勤費や子の学費など老後に消えるものを引くのが最も正確。総務省の家計調査では、65歳以上の夫婦のみ無職世帯の消費支出は月25万円前後、単身では月15万円前後 |
|---|---|
| 住まい | 持ち家なら固定資産税・修繕(10〜15年ごとに屋根・外壁で100万〜200万円)、マンションは管理費・修繕積立金が上がっていく。賃貸なら家賃が一生続く(高齢期の賃貸) |
| 医療 | 70歳以上は原則2割(現役並み所得は3割)。高額療養費で月の上限がある |
| 介護 | 在宅なら月5万〜10万円、施設なら月10万〜30万円(施設の種類による)。期間は平均5年前後といわれる |
| 葬儀・お墓 | 墓じまいや納骨、葬儀費用で50万〜200万円。生前に契約する人も |
| 臨時の支出 | 車の買い替え、家電、子や孫への援助、旅行。年に1回は必ず「予定外」が起きると考えて年30万円ほど見込む |
手順4 — 資産を棚卸しする
- 預貯金 — 金融機関ごとに残高。休眠している口座も洗い出す(エンディングノートに記録)
- 有価証券 — 株式・投資信託・NISA・iDeCo。iDeCoは原則60歳まで引き出せない
- 保険 — 解約返戻金のある保険は資産。証券を集めて解約返戻金額を確認
- 退職金 — 見込額を勤務先に確認。受け取り方(一時金か年金か)で税が変わる
- 不動産 — 自宅と、それ以外。売却できるか、貸せるか
- 負債 — 住宅ローン残高、カードローン。資産から引く
計算例 65歳・夫婦・持ち家。年金の手取りが月20万円、生活費が月25万円なら毎月5万円の赤字=年60万円。65歳から95歳までの30年で1,800万円。ここに住宅修繕300万円、介護(夫婦2人×5年×月10万円)1,200万円、葬儀とお墓200万円を足すと、必要な取り崩しは約3,500万円。退職金と貯蓄がこれを下回るなら、①働く期間を延ばす、②生活費を月3万円下げる(30年で1,080万円の差)、③繰下げ受給で年金を増やす、のどれかを組み合わせることになります。
足りないとわかったときの選択肢
| 働く期間を延ばす | 最も効果が大きい。65歳から70歳まで月15万円働けば900万円。同時に年金を繰下げれば効果は二重になる |
|---|---|
| 固定費を下げる | 保険の見直し、車の手放し、通信費。一度下げれば30年続くのが固定費の強み |
| 住み替え | 広い家を売って手頃な住まいへ。維持費と光熱費が下がり、差額が手元に残る |
| 不動産の活用 | 貸す、リバースモーゲージ(自宅を担保に借り、死亡時に売却して返済)、リースバック。いずれも条件と手数料をよく確認 |
| 公的な支援 | 住民税非課税世帯には保険料や医療・介護費の軽減がある。収入が下がったら、自分が対象かを役所で確認 |
見落としやすい「ひとりになった後」
夫婦で計算して安心してしまい、片方が亡くなった後を計算していない人が多くいます。年金は世帯単位ではなく個人単位なので、ここで収支が変わります。
- 年金は2人分から減る — 亡くなった方の老齢基礎年金は消え、厚生年金は遺族厚生年金として報酬比例部分の4分の3が遺族に。世帯の年金収入は6割前後に下がることが多い
- 生活費は半分にならない — 家賃・光熱費の基本料金・固定資産税・通信費は1人でも同じだけかかる。7割程度にしか減らないと見込む
- 介護は外注になる — 支え合う相手がいなくなるため、在宅サービスや施設の費用が増える
- 手続きにも費用が出る — 葬儀と納骨、相続登記や名義変更の実費
- だから残す側の準備が要る — 遺された配偶者が使えるお金がすぐ引き出せるか(口座の凍結)、保険や口座の一覧があるか
おひとりさまの場合は最初からこの計算です。加えて身元保証や死後事務委任の費用(合わせて数十万円〜百数十万円)を、あらかじめ予算に入れておいてください。
取り崩す順番
資産があっても、崩し方で残る額が変わります。原則だけ押さえておきます。
- 課税されない・されにくいものから — 預貯金の元本部分、NISA口座内の資産(売却益は非課税)
- iDeCoは受け取り方を先に決める — 一時金なら退職所得控除、年金なら公的年金等控除。退職金と同じ年に受け取ると控除が重なり不利になることがある
- 生活費の2年分は現金で — 相場が下がった年に投資商品を売らずに済む
- 不動産は最後 — 売却には時間がかかり、急ぐと安く売ることになる
- 判断力が落ちる前に整える — 認知症になると口座も不動産も動かせません(凍結の仕組み)。任意後見や家族信託の検討はこの計画とセットで
チェックリスト
- ねんきんネットに登録し、65歳・70歳・75歳の見込額を試算した
- 企業年金・iDeCo・個人年金の額を確認した
- 年金の手取り(額面の85〜90%)で計算している
- 今の家計から、老後に消える支出を引いて生活費を出した
- 住宅の修繕・介護・葬儀を、臨時費用として別に見込んだ
- 資産(預貯金・証券・保険・退職金・不動産)から負債を引いた
- 95歳までの収支を年ごとに並べた
- 足りない場合の手(就労延長・固定費・住み替え・繰下げ)を決めた
- 判断力が落ちる前の備え(任意後見・家族信託)を検討した
よくある質問
- 自分の年金額はどこで確認できますか
- 誕生月に届くねんきん定期便と、日本年金機構のねんきんネットで確認できます。ねんきんネットはマイナポータルと連携でき、何歳まで働くか、繰下げるかを変えて試算できます。企業年金やiDeCo、個人年金は別に確認してください。
- 年金の繰下げ受給は得ですか
- 1か月あたり0.7%増額され、75歳まで待てば84%増になります。受給総額が65歳受給に追いつくのは81歳前後ですが、増えた年金には税と社会保険料がかかるため手取りベースでは分岐点が後ろにずれます。長生きしたときに資金が尽きるリスクへの保険と考えるのが実際的です。
- 老後資金はいくら必要ですか
- 人により何倍も違うため、平均値は目安になりません。年金の手取りと生活費の差額を30年分積み上げ、住宅の修繕・介護・葬儀を加えて計算してください。持ち家で年金手取り月20万円、生活費月25万円の夫婦なら、介護と修繕を含めて3,500万円前後が一つの目安になります。
- 資産はどの順番で取り崩せばよいですか
- 課税されにくいものから使い、生活費の2年分は現金で持ち、不動産は最後にするのが原則です。iDeCoは一時金か年金かで税の扱いが変わり、退職金と同じ年に受け取ると控除が重なって不利になることがあるため、受け取り方を先に決めてください。
- 計算して足りないとわかったらどうすればよいですか
- 効果が大きい順に、働く期間を延ばす、固定費を下げる、住み替える、年金を繰下げる、という手があります。65歳から70歳まで月15万円働けば900万円で、同時に繰下げれば効果は二重になります。収入が下がった場合は保険料や医療・介護費の軽減が受けられるかも役所で確認してください。
※金額・制度は本ページ作成時点の一般的な目安です。個別の試算は日本年金機構、税務は税理士、金融商品は各金融機関にご確認ください。本ページは特定の金融商品を勧めるものではありません。