相続した実家を貸す|収支と出口から考える
実家を売るのは寂しい、いずれ誰かが住むかもしれない、家賃収入があれば固定資産税を賄える。そう考えて「貸す」を選ぶ人は少なくありません。ただし、貸すという判断には売却の特例が使えなくなる、借主がつくと売りにくくなるという不可逆な面があります。決める前に、手残りの計算だけはしておきましょう。
まず収支を計算する
家賃がそのまま収入になるわけではありません。差し引かれるものを先に並べます。
| 管理委託料 | 家賃の5%前後(集金・入居者対応・退去立会い)。サブリース(一括借上げ)は家賃の10〜20%を引かれる代わりに空室リスクを負わない |
|---|---|
| 固定資産税・都市計画税 | 年10万〜20万円(地域と評価額による)。人に貸していても住宅用地の特例は継続する |
| 火災保険 | 年2万〜5万円。賃貸用の契約に切り替える(居住用のままだと補償されないことがある) |
| 修繕費 | 給湯器10万〜20万円、エアコン10万円前後、水漏れ、シロアリ。年間家賃の1割程度を積み立てるのが現実的 |
| 原状回復・募集費用 | 退去のたびにクロス張替えなどで10万〜30万円、次の募集で仲介手数料(家賃1か月分)と広告料 |
| 空室 | 地方の戸建てなら年1〜2か月の空室を見込む。この見積もりが甘いと計算が合わなくなる |
| 所得税・住民税 | 不動産所得として課税。給与所得と合算されるため、税率が上がる人ほど手残りが減る |
貸す前にかかる初期費用
- 相続登記
名義変更しないと貸せない。登録免許税は評価額×0.4%+司法書士報酬 - 残置物の撤去
遺品整理で20万〜60万円 - ハウスクリーニング
戸建てで10万〜20万円 - 水回りの更新
給湯器・トイレ・浴室。ここが最も高く、50万〜200万円。築40年超なら避けにくい - 内装
クロス・床の張替えで20万〜80万円 - 耐震・断熱
旧耐震(1981年5月以前)の建物は、貸主の責任として無視できない。診断と補強で100万円超になることも - 設備の追加
エアコン・給湯・Wi-Fi環境。賃貸市場で当たり前になっている設備がないと決まらない
「そのまま貸せる」と思って始めて、水回りで想定外の出費になるのが典型です。不動産会社2〜3社に「この状態でいくらで貸せるか、何を直す必要があるか」を無料査定してもらうのが最初の一歩です。
管理の方法
| 管理委託 | 家賃の5%前後。入居者募集・集金・クレーム対応・退去手続きを任せる。遠方に住んでいるなら実質的にこれ一択 |
|---|---|
| サブリース(一括借上げ) | 管理会社が一括で借り上げて転貸する。空室でも一定額が入るが、手取りは家賃の80〜85%。契約期間中の賃料減額請求(借地借家法)でトラブルになる例があり、契約書の減額条項を必ず確認 |
| 自主管理 | 手数料ゼロだが、夜中の設備故障の連絡も自分に来る。近所に住んでいて時間があるならあり得る |
| 定期借家契約 | 期間満了で確実に返してもらえる契約。「いずれ売りたい」「子が住むかもしれない」なら、これを選ぶ。ただし家賃は普通借家より1割程度安くなる傾向 |
| 普通借家契約 | 一般的な契約。借主が住み続けたいと言えば、貸主から正当な事由なく更新を拒めない。出口が読めなくなる |
税金と確定申告
- 不動産所得の確定申告
家賃収入から経費(固定資産税・保険・修繕費・管理料・減価償却費・借入金利子)を引いた額が所得。給与所得と合算して課税 - 減価償却
建物部分を耐用年数で費用計上できる。相続の場合、亡くなった方の取得価額と経過年数を引き継ぐ。築古なら残存年数が短く、数年で償却し終わることも - 青色申告
事業的規模(戸建てなら概ね5棟以上、アパートなら10室以上)でなければ控除は10万円。それ未満でも青色申告の届出は可能で、記帳の手間と引き換えに10万円控除が使える - 赤字なら損益通算
修繕費がかさんだ年は、給与所得と通算して税が戻ることがある - 売却時の3,000万円控除は使えない
空き家の3,000万円特別控除は「相続後に貸していないこと」が要件。一度でも貸すと、この特例は永久に使えません - 共有名義の場合
家賃は持分に応じて各共有者の所得になり、全員が確定申告する。誰か1人がまとめて受け取ると贈与の問題が生じ得るため、持分どおりに分配する
共有名義のまま貸すリスク
遺産分割で決めきれず、共有のまま貸し出すケースがあります。実務上の問題を知っておきましょう。
| 賃貸借契約 | 短期の賃貸借(建物3年以内)は持分の過半数で可能だが、長期や普通借家は全員の同意が必要と解される場面がある |
|---|---|
| 修繕の判断 | 大規模な修繕は全員の同意。給湯器が壊れて連絡がつかない共有者がいると、対応が止まる |
| 家賃の分配 | 持分に応じて分配し、各自が申告。1人が管理する場合は収支の記録を全員に共有する |
| 売却 | 全員の同意が必要。1人でも反対すれば売れない |
| 次の相続 | 共有者が亡くなるとその持分がさらに分割され、共有者が倍々に増える。10年後には収拾がつかなくなる |
結論として、貸すなら共有を解消して単独名義にしてからが原則です。単独名義にした人が家賃を得て、他の相続人には代償金や他の財産で調整するのが、後々の揉め事を防ぎます。
借り手がつかない家の、もう一つの貸し方
相続した実家が地方にあり、普通の賃貸では借り手がつかない。このとき「貸せないから空き家のまま」と結論を出す前に、条件を変えた貸し方があります。
| DIY型賃貸(現状渡し) | 借主が自費で改修する代わりに、家賃を相場より下げる契約。貸主はリフォーム費用を負担しません。原状回復を求めない特約を結ぶのが前提で、国土交通省がひな形を公開しています。古い家でも借り手が見つかることがあります |
|---|---|
| 定期借家契約 | 期間を決めて貸し、期間満了で必ず返ってくる契約。普通の賃貸借は貸主から簡単には解約できませんが、定期借家なら「5年後に売る」といった予定と両立します。家賃は相場よりやや下がります |
| 自治体の空き家バンク | 移住希望者と空き家をつなぐ仕組みで、登録は無料。売却と賃貸の両方に対応している自治体が多い。成約した場合に改修費の補助が出る自治体もあります |
| 子育て世帯・高齢者向けの住宅セーフティネット | 住宅確保要配慮者向けの賃貸住宅として登録すると、改修費の補助や家賃低廉化の補助を受けられる制度があります。要件は自治体の窓口で確認を |
どれも家賃は相場より下がります。ただし空き家のままなら収入はゼロで、固定資産税と管理費は出ていく一方です。年間の維持費(固定資産税・火災保険・光熱費の基本料・草刈り)を計算し、それを上回る家賃が取れるなら、貸すほうが有利になります。
貸した後に起きること
- 借主が退去しないリスク
普通借家契約では、貸主からの解約に正当事由が要ります。「売りたくなったから出て行ってほしい」は通らず、立退料が必要になることも。将来売る可能性があるなら定期借家で - 家賃の滞納
家賃保証会社の利用を条件にすれば、滞納分は保証会社が立て替えます。個人の連帯保証人より確実です - 設備の故障は貸主の負担
給湯器・エアコン・水回りの修理は原則として貸主です。築古の家ほど、年に数万円〜十数万円の突発費用を見込んでおきましょう - 確定申告が毎年必要
給与所得のある人は、家賃収入から経費を引いた所得が年20万円を超えると申告が要ります。減価償却・修繕費・管理費・固定資産税を経費にできるため、帳簿上は赤字になることも。その場合は給与所得と損益通算できます - 相続税の評価は下がる
人に貸している土地建物は、自用の場合より評価額が下がります(貸家建付地・貸家の評価減)。相続対策として貸す選択が成り立つのはこのためです
売る・貸す・使うの比較
| 売る | 現金化して分けられる。3,000万円特別控除(要件を満たせば)。維持の手間と将来のリスクが消える。相続開始から3年目の年末という期限がある |
|---|---|
| 貸す | 家賃収入。ただし手残りは税引き後で家賃の5割弱(計算例の場合)、初期費用の回収に数年。特例は使えなくなり、出口が制約される |
| 自分か家族が住む | 維持費を自分で負担する代わりに、住居費が浮く。将来売る場合は「居住用財産の3,000万円特別控除」が使える可能性 |
| 更地にして駐車場 | 建物の管理から解放されるが、住宅用地の特例が外れて固定資産税が最大6倍。需要のある立地でないと成り立たない |
| そのまま空き家 | 最も不利。維持費は出続け、特定空家に指定されれば固定資産税が最大6倍、建物は傷み売却価格も下がる |
やめるときの出口
- 定期借家なら期間満了で終了
期間終了の1年前から6か月前までに通知する。更新はなく、再契約は双方の合意で - 普通借家は立退料が必要になることが多い
正当な事由(貸主が住む必要性など)に加え、家賃の6か月〜1年分が目安。裁判になれば費用と時間はさらに - オーナーチェンジで売る
借主がついたまま投資物件として売却。実需(住むために買う人)より価格が下がるのが通常で、地方の戸建ては買い手が限られる - 売却を見据えるなら
貸す前に「何年後に売る可能性があるか」を家族で決め、その期間に合わせた定期借家にする
チェックリスト
- 相続登記を済ませ、単独名義にした(共有のまま貸さない)
- 不動産会社2〜3社に、貸せる家賃と必要なリフォームを無料査定してもらった
- 初期費用(残置物撤去・清掃・水回り・内装)を見積もった
- 手残り(家賃−管理料−税−保険−修繕積立−空室−所得税)を計算した
- 売却との比較で、3,000万円特別控除を放棄する損得を確認した
- 将来売る可能性があるなら定期借家契約を選んだ
- 管理委託・サブリース・自主管理を決めた(サブリースは減額条項を確認)
- 確定申告の準備(青色申告の届出、経費の記帳)をした
よくある質問
- 相続した実家を貸すと、手元にいくら残りますか
- 経費を引いた段階で家賃の6割弱、税引き後で5割弱が一つの目安です。月8万円で貸す場合、年間家賃96万円から管理料・固定資産税・火災保険・修繕積立・空室分を引いて年55万円、さらに所得税・住民税を引いて手残りは年44万円程度。初期リフォームに150万円かけたなら回収に3年半かかります。
- 貸すと売却の特例は使えなくなりますか
- 使えなくなります。空き家の3,000万円特別控除は「相続後に誰も住まず、貸さず、事業にも使っていないこと」が要件のため、一度でも賃貸に出すと永久に適用できません。売る可能性があるなら、貸す前に損得を計算しておきましょう。
- 共有名義のまま貸せますか
- 短期の賃貸借は持分の過半数で可能ですが、長期や普通借家は全員の同意が必要と解される場面があり、修繕や売却も全員の同意が要ります。次の相続で共有者が倍増するため、貸すなら共有を解消して単独名義にするのが原則です。
- 将来売りたくなったらどうなりますか
- 普通借家契約だと借主の居住権が強く守られ、立退料(家賃の6か月〜1年分が目安)が必要になることが多いです。借主がついたまま投資物件として売る方法もありますが価格は下がります。将来の選択肢を残したいなら、最初から定期借家契約にしましょう。
- 確定申告は必要ですか
- 原則として必要です。家賃収入から経費を引いた不動産所得が給与所得と合算されて課税されます。共有名義なら持分に応じて各共有者が申告します。青色申告の10万円控除は事業的規模でなくても届出により使えます。
出典
この記事の制度の説明は、次の法令・公的資料にもとづいています(2026年10月確認)。個別のご判断は、司法書士・税理士などの専門家や各窓口にご確認ください。
- 国税庁『No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)』
- 国税庁『No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例』
- 国土交通省『定期建物賃貸借 Q&A』
- 国土交通省『DIY型賃貸借に関する契約書式例とガイドブックについて』
- e-Gov法令検索『借地借家法』(第26条〜第28条 建物賃貸借の更新等、第38条 定期建物賃貸借)
※費用・利回りは地域と物件により大きく異なる一般的な目安です。本ページは一般的な説明で、税務の判断は税理士にご確認ください。現時点で広告・紹介料を伴うリンクは含まれていません。