リビングウィル — 意思を伝えられなくなったときのために
事故や病気で意識がなくなったとき、治療の方針を誰がどう決めるのか。日本では家族が相談して決めることが多く、そのとき家族は「本人ならどうしたか」を手がかりなしに背負うことになります。リビングウィル(事前指示書)は、その手がかりを残す紙です。法的な強制力はありませんが、家族と医療者の判断を支える材料になります。このページでは、書き方と渡し方を整理します。個別の治療の適否は医師にご相談ください。
日本での位置づけ
アメリカの一部の州のような法的拘束力を持つ制度は、日本にはありません。ただし、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は、本人の意思を確認し、それを尊重して医療・ケアチームと家族が話し合うことを基本としています。だから書き残す意味は十分にあります。
| できること | 本人の意思の推定材料になる。家族が「これが本人の希望でした」と示せる。医療者が方針を立てる際に参照される |
|---|---|
| できないこと | 書いたとおりに必ず実行されるという保証はない。医学的に適応がない治療を要求することもできない |
| 効果が最も高い場面 | 家族の間で意見が割れたとき。「本人はこう書いていた」という一枚が、家族の後悔と対立を減らす |
エンディングノートとの違い
| リビングウィル | エンディングノート | 遺言 | |
| いつ効く | 意思を伝えられなくなったとき(生きている間) | 入院時から死後まで | 死後 |
| 内容 | 医療・ケアの希望に特化 | 所在・連絡先・希望・メッセージ | 財産の行き先 |
| 法的効力 | なし(尊重される) | なし | あり |
ノートの中に医療の希望の欄があるなら、それがリビングウィルの役割を果たします。別々に作る必要はありません。ノートを書いていないなら、医療の希望だけを1枚にする方法もあります。
書式の入手先
- 自治体のエンディングノート — 医療・介護の希望の欄がある。無料配布(終活の始め方)
- かかりつけ医・病院 — 独自の事前指示書の様式を持つ医療機関がある。入院時に渡されることも。主治医と一緒に書けるのが最大の利点
- 日本尊厳死協会 — 会員向けにリビングウィルの登録・保管を行う団体(年会費あり)。カードを携帯できる
- 厚生労働省のACP(人生会議)関連資料 — 話し合いの進め方の手引きが公開されている
- 自作 — 決まった様式はない。A4に手書きで、日付と署名を入れれば足りる
書く項目
| 基本情報 | 氏名、生年月日、作成日、署名。作成日は必須(新しいものが優先されるため) |
|---|---|
| 治療についての考え | 回復の見込みがない場合の延命について、どう考えるか。具体的な処置(人工呼吸器・胃ろう・人工透析・心肺蘇生・輸血)ごとに書く様式もある。わからない項目は空欄でよい |
| 大切にしたいこと | 「痛みや苦しみを取ることを優先してほしい」「最期は自宅で過ごしたい」「意識がある状態を大事にしたい」など、価値観を言葉にする。個別の処置より、こちらの方が家族には役立つことが多い |
| 代弁者 | 自分で意思表示できないとき、誰に判断を委ねるか。氏名と連絡先、続柄。複数書く場合は優先順位も |
| 療養場所の希望 | 自宅・病院・施設・ホスピス。介護が必要になったときの希望(施設の種類) |
| 臓器提供・献体 | 意思がある場合は明記。臓器提供は健康保険証・マイナンバーカード・運転免許証の意思表示欄でも示せる(15歳以上の意思が有効)。献体は生前に大学へ登録が必要で、火葬までに1〜2年かかることがある点を家族に伝えておく |
| 知らせてほしいこと | 病名や余命の告知を望むか |
ACP(人生会議)という考え方
書いて終わりにせず、家族や医療者と繰り返し話し合っておく取り組みをACP(アドバンス・ケア・プランニング/愛称「人生会議」)と呼びます。厚生労働省が普及を進めている考え方です。
- 紙より会話 — 家族が覚えているのは、書面より「あのとき、こう言っていた」という記憶。1回話しておけば、紙の何倍も効く
- 繰り返す — 健康なとき、病気が見つかったとき、入院したとき。考えは変わるのが自然で、そのたびに更新する。目安は年1回と、大きな出来事があったとき
- 医療者を入れる — かかりつけ医や看護師に「こういう考えです」と伝えておく。カルテに記録されることもある
- 切り出し方 — 「もしものときの話をしたい」より、「テレビでやっていたんだけど」「入院した友人が…」と他人の話から入ると軽くなる。親に聞く場合も同じ
データで見る「話しておくこと」の効果
厚生労働省が公表している人生の最終段階の医療に関する意識調査では、次の傾向が繰り返し示されています。
| 話し合ったことがある人 | 一般国民のうち、人生の最終段階の医療について家族等と詳しく話し合ったことがある人は数%程度にとどまり、「まったく話し合ったことがない」が半数前後を占める調査結果が続いている |
|---|---|
| 意思表示に賛成する人 | 一方で、7割前後が「事前に書面で示しておくことに賛成」と回答している。賛成しているが、していない——これが最も大きなギャップ |
| 実際に書いている人 | 書面を作成している人は1割前後。理由の上位は「書き方がわからない」「まだ考えていない」「きっかけがない」 |
| 意味すること | 特別なことをする必要はなく、多数派が「必要だ」と思っていることを、先にやるだけ。作成日と署名を入れたA4の紙1枚で、上位1割に入れる |
※調査年により数値は変動します。最新の数字は厚生労働省の公表資料をご確認ください。
いつ、誰に渡すか
| 家族(代弁者) | 最優先。渡すだけでなく、一緒に読んで話す。1人だけでなく、判断に関わりそうな家族全員が知っている状態が理想 |
|---|---|
| かかりつけ医 | 写しを渡し、カルテに記載してもらえるか相談。転院時に引き継がれることがある |
| ケアマネジャー・施設 | 介護サービスを使っているなら、ケアプランの関係者に共有 |
| 保管場所 | 原本はエンディングノートと同じ場所に。救急隊が見る冷蔵庫や玄関に「リビングウィルあり・場所は〇〇」のメモを貼る方法も(入院準備) |
| 携帯 | 財布に「リビングウィルを作成しています。連絡先は〇〇」のカードを1枚。緊急連絡先カードと同じ場所に入れておくと、救急隊が2枚まとめて確認できる |
30分で書き上げる進め方
| 0〜5分 | A4用紙1枚と、書式があればそれを用意。冒頭に氏名・生年月日・作成日(例: 2026年8月23日)・署名欄を作る |
|---|---|
| 5〜15分 | 「大切にしたいこと」を3行書く。痛みのこと、過ごしたい場所、家族への希望。処置の名前を知らなくても書ける部分 |
| 15〜20分 | 代弁者を1〜2人決めて、氏名・続柄・電話番号を書く。優先順位も |
| 20〜25分 | 療養場所の希望、告知についての考え、臓器提供・献体の意思を各1行 |
| 25〜30分 | 署名して、写しを2部作る(家族用・かかりつけ医用)。財布に「リビングウィルあり」のメモを入れる |
| 後日(10分) | 家族と一緒に読む。ここが最も重要な10分。年1回、誕生日か年末に見直す |
迷う項目は空欄のまま進めます。30分で8割、残り2割は一生かけて更新するくらいの気持ちでよいものです。
誤解されやすいこと
「書いたら治療を受けられなくなる」— そうではない
リビングウィルは治療の拒否だけを書くものではありません。「できる限りの治療を望む」と書くこともできます。また、書いた後に気が変わればいつでも撤回・変更できます。医学的に必要な治療(痛みの緩和など)が止まることもありません。
「家族がいるから書かなくていい」— 家族の負担になる
家族がいるからこそ、決断の重さが家族にかかります。書いておくことは、家族に判断を押しつけないための配慮です。おひとりさまの場合はさらに切実で、代弁者を決めておかないと医療機関が判断に困る状況になります。
費用と手間の一覧
| 自作(A4用紙1枚) | 0円/30分。写しのコピー代が2部で20円程度 |
|---|---|
| 自治体のエンディングノート | 0円/窓口かウェブでPDF入手。医療の希望欄がある |
| かかりつけ医の様式 | 0円/診察のついでに相談。カルテ記載まで頼めると効果が高い |
| 日本尊厳死協会 | 入会金・年会費で数千円程度/登録・保管とカード発行 |
| 公正証書にする | 1万円台〜/法的効力が生じるわけではないが、作成の事実と日付が公証される。遺言や任意後見契約と同じ日に作る人が多い |
効果と費用が最も釣り合うのは0円の自作+家族との10分の会話です。有料の選択肢は、身寄りがなく第三者に確認してもらう必要がある場合に意味が出ます。
チェックリスト
- 書式を入手した(自治体のノート、かかりつけ医の様式、または自作)
- 「大切にしたいこと」を自分の言葉で書いた(処置の可否より優先)
- 意思表示できないときの代弁者を決め、本人に伝えた
- 療養場所の希望と、告知についての考えを書いた
- 臓器提供・献体の意思がある場合は明記した(登録が必要なものは手続きした)
- 作成日と署名を入れた
- 家族と一緒に読んで話した(紙を渡すだけで終わらせない)
- かかりつけ医・ケアマネジャーに写しを渡し、保管場所を家族に伝えた
よくある質問
- リビングウィルに法的効力はありますか
- 日本には法制化された制度がないため、書いたとおりに必ず実行される保証はありません。ただし厚生労働省のガイドラインは本人の意思を尊重して話し合うことを基本としており、家族と医療者が方針を決める際の重要な材料になります。
- エンディングノートに書けば足りますか
- 足ります。ノートの医療・介護の希望欄がリビングウィルの役割を果たします。別々に作る必要はありません。ノートを書いていない場合は、医療の希望だけを1枚にまとめる方法もあります。
- 何を書けばよいかわかりません
- 個別の処置の可否より、「痛みを取ることを優先してほしい」「最期は自宅で過ごしたい」といった価値観を自分の言葉で書く方が、家族には役立ちます。判断に迷う項目は空欄で構いません。あわせて、意思表示できないときに判断を委ねる代弁者を決めて名前を書いてください。
- 気が変わったらどうしますか
- いつでも書き直せます。作成日を必ず入れておき、新しいものが優先されるようにします。古いものは破棄し、家族やかかりつけ医にも新しい内容を伝えてください。考えが変わるのは自然なことです。
- 誰に渡せばよいですか
- まず家族(代弁者)に、渡すだけでなく一緒に読んで話してください。かかりつけ医には写しを渡し、カルテへの記載を相談します。介護サービスを使っているならケアマネジャーにも共有し、保管場所を家族が知っている状態にしておきます。
あわせて確認 — 全体の書き方はエンディングノート、判断力が落ちた後の財産管理は任意後見契約、入院時の備えはおひとりさまの入院準備、親の希望を聞くなら確認リスト30項目へ。終活全体の進め方は終活の始め方に。
※本ページは意思表示の方法についての一般的な説明です。治療の適否や医学的な判断は、必ず医師にご相談ください。