海外がからむ相続 — 最初に確認する3点
海外の口座がある、相続人の1人が海外赴任中、亡くなった方が外国籍だった。こうした事情がひとつでもあると、手続きは国内だけの相続と別物になります。時間も費用も数倍かかることがあり、自力で完結させるのは現実的ではありません。ここでは、専門家に相談する前に自分で確認しておくべきことと、費用と期間の見通しを整理します。
1. どの国の法律が適用されるか
日本の「法の適用に関する通則法」では、相続は被相続人の本国法によると定められています。つまり誰がどれだけ相続するかは、原則として亡くなった方の国籍の国の法律で決まります。
| 日本国籍の人が亡くなった | 資産が海外にあっても、相続人と相続分は日本の民法で判断するのが原則。ただし現地の不動産は例外がある |
|---|---|
| 外国籍の人が亡くなった | その国の法律による。遺留分がない国、配偶者の権利が強い国、宗教法による国など内容は大きく異なる |
| 反致(はんち) | 相手国の法律が「不動産の所在地の法による」としている場合、日本法に戻ってくることがある。英米法系(アメリカ・イギリスなど)で起きやすい |
| 不動産と動産を分ける国 | 不動産はその所在地の法、預金など動産は住所地の法、という国がある。1つの相続で複数の国の法律が並行することになる |
| 二重国籍だった場合 | 常居所(生活の本拠)などから、より密接な関係のある国の法が選ばれる |
この判断は法律の専門領域です。自分で結論を出さず、国籍と資産の所在地を整理して専門家に渡すところまでを目標にしてください。
2. 日本の相続税は、どこまでかかるか
「海外の資産だから日本の税務署には関係ない」という理解は誤りです。課税範囲は住所と国籍、居住していた期間で決まります。
| 典型的なケース | 被相続人・相続人ともに日本に住所がある場合、国内外すべての財産が課税対象。海外の預金も不動産も含む |
|---|---|
| 相続人が海外在住 | 日本国籍を持ち、被相続人か相続人が過去10年以内に日本に住所を有していた場合などは、国外財産も課税対象になる |
| 基礎控除 | 3,000万円+600万円×法定相続人の数。相続人が海外にいても人数に数える |
| 外国税額控除 | 現地でも相続税・遺産税がかかった場合、日本の相続税から一定額を控除できる。二重課税を丸ごと防げるとは限らない |
| 国外財産調書 | 年末時点で国外財産の合計が5,000万円超なら、本人が生前に提出する義務がある。提出があれば資産の把握が容易になる |
| 評価の基準 | 外貨建ての財産は、相続開始日の対顧客直物電信買相場(TTB)で円換算するのが原則 |
3. 海外資産の名義変更 — プロベートという壁
英米法系の国(アメリカ、イギリス、オーストラリア、シンガポール、香港など)では、プロベートという裁判所の手続きを経ないと遺産を動かせません。日本のように相続人が直接名義を書き換える形ではないのが特徴です。
- 裁判所が関与する — 遺産の管理人(executor / administrator)が選任され、その人が債務を清算してから残りを相続人に分配します
- 期間 — 州や案件により幅がありますが、半年〜2年程度を見込むのが一般的。争いがあればさらに延びる
- 費用 — 現地弁護士費用が中心で、数十万円から数百万円。遺産額に対する割合で決まる制度の国もある
- 日本の相続税の期限は待ってくれない — 10か月の申告期限に間に合わなければ、いったん未分割のまま申告し、後で更正の請求や修正申告で調整するのが実務
- 回避する方法 — 生前に共同名義(joint tenancy)にする、受益者指定のある口座にする、現地の信託を使うなど。いずれも生前でなければできない
- 大陸法系の国 — フランス、ドイツ、韓国、台湾などはプロベートがなく、公証人や登記制度を通じた手続きになる
4. 外国籍・海外在住の相続人がいる場合
日本の遺産分割協議には、実印と印鑑登録証明書が必要です。ところが、海外在住者や外国籍の人は印鑑登録ができないことがあります。代わりになる書類があります。
| 署名証明(サイン証明) | 印鑑登録証明書の代わり。日本の在外公館(大使館・領事館)で発行。遺産分割協議書を持参し、領事の面前で署名する形式が確実 |
|---|---|
| 在留証明 | 住民票の代わり。同じく在外公館で発行。不動産の相続登記で必要になる |
| 手数料 | 在外公館で1通あたり数十米ドル相当(現地通貨で納付) |
| 日本国籍がない相続人 | 在外公館は使えないため、現地の公証人(Notary Public)による認証を受ける |
| アポスティーユ・領事認証 | 外国の公文書を日本で使うための証明。ハーグ条約加盟国ならアポスティーユ、非加盟国なら領事認証 |
| 翻訳 | 外国語の書類は日本語訳を添付。翻訳者の氏名を記載する。1通あたり数千円〜数万円 |
| 出生・婚姻の証明 | 戸籍のない国では、出生証明書・婚姻証明書で相続人であることを示す。戸籍に代わる証明の収集が最も時間を食う |
費用と期間の見通し
相談先をどう選ぶか
- 国際相続の取扱件数を聞く — 「年間何件扱っていますか」「その国の案件の経験は」。数字で答えられるかどうかで実態が見える(相談先の選び方)
- 現地の専門家とつながりがあるか — 日本側だけでは完結しません。現地弁護士・会計士の紹介ルートを持つ事務所を選ぶ
- 税理士は国外財産の申告経験を確認 — 外国税額控除、国外財産の評価、為替換算は通常の申告と別の知識が要ります
- 大使館・領事館 — 署名証明・在留証明の様式と予約方法は、その国の在外公館のサイトで確認できます
- 最初の一歩 — 国籍・住所・資産の所在国・おおよその金額を1枚にまとめてから相談すると、見積もりが早く出ます
生前にできる対策
- 資産の一覧を残す — 国名と金融機関名だけで十分。これがないと家族は探せません
- その国の様式で遺言を作る — 日本の遺言が現地で通用しないことがあります。国ごとに遺言を用意するのが確実な場合も(内容が矛盾しないよう専門家の関与が前提)
- プロベート回避の設計 — 共同名義、受益者指定、信託。生前でなければ選べません
- 不要な海外口座は生前に整理 — 使っていない口座を1つ閉じるだけで、家族の負担が確実に減ります
- 国外財産調書を出しておく — 5,000万円超なら義務であり、結果として資産の所在が明確になります
チェックリスト
- 被相続人の国籍と最後の住所を確認した
- 資産の所在国と種類(不動産・預金・証券)を書き出した
- 相続人全員の国籍・居住国・日本での住所の有無を整理した
- 相続人が海外にいる場合、在外公館で署名証明・在留証明を取る段取りを確認した
- 日本の相続税の課税範囲(国内のみか全世界か)を専門家に確認した
- 現地の手続き(プロベートの要否)を調べた
- 10か月の申告期限に間に合わない場合の対応(未分割申告)を確認した
- 国際相続の経験がある専門家に相談した
よくある質問
- 海外の資産にも日本の相続税はかかりますか
- かかる場合が多いです。被相続人と相続人がともに日本に住所を有していれば、国内外すべての財産が課税対象になります。相続人が海外在住でも、日本国籍を持ち被相続人か相続人が過去10年以内に日本に住所を有していた場合などは国外財産も対象です。現地で課税された分は外国税額控除で調整しますが、全額が控除されるとは限りません。
- プロベートとは何ですか
- アメリカやイギリスなど英米法系の国で、遺産を裁判所の関与のもとで清算・分配する手続きです。相続人が直接名義を書き換えることはできず、選任された管理人が債務を清算してから分配します。半年から2年程度かかり、費用は数十万円から数百万円になります。
- 相続人が海外に住んでいます。遺産分割協議はどうすればよいですか
- 印鑑登録証明書の代わりになるのが、日本の在外公館で発行される署名証明(サイン証明)です。住民票の代わりは在留証明。日本国籍がない相続人は在外公館を利用できないため、現地の公証人による認証を受け、必要に応じてアポスティーユまたは領事認証を添えます。
- 相続税の10か月の期限に間に合いません
- 海外の手続きが理由でも期限は延びません。実務では、いったん法定相続分で未分割のまま申告・納税し、分割が確定した後に更正の請求や修正申告で調整します。この場合、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は当初申告では使えないため、税理士に相談してください。
- 費用はどのくらいかかりますか
- 日本国内だけの相続なら専門家報酬は30万〜80万円程度ですが、国際相続では100万〜300万円が目安です。日本側の税理士、現地の弁護士、翻訳と認証、渡航費が加わるためです。期間も1年から3年を見込んでください。
あわせて確認 — 課税の判定は相続税の申告は必要か、協議書の作り方は遺産分割協議書、株式や証券は株式・投資信託の相続、専門家の選び方は相談先の選び方へ。自分の資産を残す側の準備はデジタル終活に。
※本ページは一般的な説明です。適用される法律・課税範囲・現地の手続きは国と個別事情により大きく異なります。判断は必ず国際相続の経験がある弁護士・税理士・司法書士にご確認ください。現時点で広告・紹介料を伴うリンクは含まれていません。