マーケティングとセールス

マーケティング戦略。「計画が全てではない」理由

ビジネスの世界で、戦略といえば「販売戦略」や「マーケティング戦略」など、自社のサービスや商品をどうやって売っていくか?がメインとなる。

幹部はいかに「優れた戦略」を産み出すかに苦心し、コンサルタントやリサーチャーなどを使い、綿密に計画を立てていく。

それがカッコいい、それがナイスな経営の姿だ・・・というイメージがあるかもしれない。

いや、あるだろう。

マーケティング戦略は計画が全て、という風潮は強く、ひたすら調査と分析に精を出し、細かく精密な計画を立てさえすれば、あとはそれをたんたんと実行するだけ。

そう考えている人も多いように感じる。

果たしてそうだろうか?

「計画があって実行」がある、というのは事実ではあるが、計画がつねに実行に先行するとは限らない。

そもそも事前にすべてを計画してから実行することは不可能で、とりまく状況を完全に予想することはできない。

計画→実行もあるが、実行の中での偶然や他社の要素も大きく関係する

ビジネスの教科書ではことさら「計画の重要性」が叫ばれているが、ビジネスを成功させる要素は「計画だけ」ではない。

教科書で触れられることはないが、現実にはマーケティング戦略・セールス戦略とはまったく関係なく偶然に、あるいは競合他社がエラーやミスをしたことで成功が舞い込むことが少なくない。

ビジネスも、実際の戦闘やスポーツの試合、将棋の対戦などと類似する点があるのだ。

インテルがマイクロプロセッサ(CPU)の覇権を握れたのは偶然。

たとえば、インテル。

パソコンの基幹パーツであるマイクロプロセッサ(CPU)市場の覇権を握れたことは、実はインテルの戦略によるものではない。

1980年代前半、当時パソコン製造のトップ企業だったIBMが、マイクロプロセッサがパソコン事業における利益の多くを占めるようになることを予見できなかったのが大きな要因なのだ。

IBMはマイクロプロセッサを自社で製造する力があったが(今もPOWERシリーズなど主にスーパーコンピュータ向けのCPUを製造している)、インテルに外注することを決めた。

もともと、インテルはメモリーを作っていたが、受注したマイクロプロセッサがどんどん売れ、利益を出し、インテルは自社がメモリーメーカーからマイクロプロセッサ企業へと自然と進化していることに気づいていった・・・というわけだ。

それ以降、インテルをメモリーの会社だと思う人は誰もいなくなった。

IBMが自社でプロセッサの生産を続けていたり、子会社を作ってプロセッサの生産に特化していたらどうだっただろうか。

IBMはパソコン市場から撤退せず、逆にパソコン市場、プロセッサ市場の覇権を握っていたかもしれない。

そう考えると当時の「外注する」という1つの判断が、2社のその後の戦略や位置づけを大きく変えたといえる。

P&Gの洗剤「ジョイ」がトップシェアを握れたのは敵の失策

洗剤大手のP&Gは1995年に台所用洗剤のジョイの「濃縮タイプ」を日本で発売し、トップシェアを獲得した。

これはP&Gの戦略だけでなく、当時シェア40%ずつで市場を分け合っていた国内大手2社の失策が重なったからだとされている。

P&Gは競合2社よりもあえて高い価格を設定し、芸能人が一般家庭に乱入して油汚れ落ちを訴求するテレビCMを展開するギャンブル的な戦略に出た。

競合他社が従来型の良さを宣伝し、大々的に販促を仕掛けられるとそのギャンブルは失敗した可能性が高かったが、2社はあわてて同じ「濃縮タイプ」を追随発売して値引き攻勢に出たのだ。

結果として「濃縮タイプが優れている」ことを世間に認めたことになり、面白いテレビCMを打ったP&Gのジョイの人気を高める結果になった。

当時、P&GのCEOであったラフリーは、「敵がもっと賢く、適切な対抗策で応戦してきたら、私たちに勝ち目はなくなっていただろう。だが彼らはそうしなかった」と発言している。

実際、日本では勝てたが、イギリスとドイツでは現地メーカーに惨敗してしているのだ。
あらゆるビジネスに「ライバル」はいるが、「ライバルを出し抜く戦略」だけで勝つとは限らず、「ライバルがコケて成功する」こともあるのだ。

ジャパネットたかたの通販事業進出は、自発的なものではない

ジャパネットたかたが、地元長崎の「ひとつのカメラ販売店」だったことは有名な話だ。

1990年、高田社長は地元長崎のラジオ局から「通販番組に出ないか」と声をかけられた。番組といってもわずか5分の枠であり、最初は店舗の情報を紹介する、という話だったが、高田社長は「それなら商品も紹介したい」と無理をいって番組の内容を変更してもらった。

5分の時間で店舗の話はソコソコにコンパクトカメラの紹介をしたところ(もちろん単なる紹介ではなくて、何があなたの生活にいいのか語った)、コンパクトカメラは50台売れ、当時の月商200万円に対して100万円を売り上げたのだ。

このこと高田社長の考えに大きな影響を与え、店頭販売から通信販売へと大きく舵を切り、1991年にはラジオ通販の全国ネットワークを完成、1994年にはテレビ通販へも進出し、通販専業の会社となった。

高田社長の勘と実行力が素晴らしいのはもちろんのことだが、事のきっかけは「ラジオ局から誘われた」という受動的なものだ。最初から「ラジオ通販をやろう」ではないのだ。

ビジネス戦略、マーケティング戦略は緻密に計画すればOK、ではない

インテルがメモリーメーカーからマイクロプロセッサ企業へと進化していたことに気がつくまでに10年以上もかかったと、名経営者の誉れ高いCEOだったアンドリュー・S・グローブが語っている。

アマゾンの経営陣が自社の事業はどのような姿をめざしているのかを本当に理解できたと感じるまでに、創業から6年かかった、と言われている。

計画→実行だけではなく、実行→計画でもあり、計画と実行は循環する関係にあるのだ。

カヌーで急流を下る計画を綿密に立て、コース取りをしっかり考えたとしても、いざ実際に流れに応じてカヌーを操る段になると、あっさりと計画を捨てて、最もよいコース取りを臨機応変にしていかざるをえない。

経営における計画と実行はそんなイメージである。

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