多くの企業(個人ビジネスも)にとって重要なのは「差別化戦略」と言われている。簡単にいえば、他社との違いを産み出し、自社の製品を多く売ることだ。
USP(ユニーク・セールス・プロポジション)という言葉にもあるとおり、独自性を打ち出すことは、ライバル他社との競争に勝ち、生き残るために欠かせない要素だ。
しかし。
商品・サービスが飽和状態ともいえる現代社会においては、「差別化」は、勝つための戦略というより、負けないための戦略といえる。
差別化すれば勝てる、ということではなく「差別化しなければ置いてけぼりを食らい、市場から撤退することを余儀なくされる」ということだ。
なかなか辛い状況である。
なぜか。
「すぐに真似される」からだ。
モテようと思って、筋トレしたり、髪形をカッコよくしたり、笑いのセンスを身に付けても、みんながそれをやると「特別モテる」という状況にはならない。
ようやく「競争のスタートラインに立てる」という感じだ。世の中はなかなか厳しい。
大企業の「差別化戦略」競争の具体例をみてみよう。
ノンアルコールビール業界の「機能性」合戦。
2019年の夏商戦を前に、サントリーはノンアルビールの主力「オールフリー」に新たな商品を投入した。
その名は「からだを想うオールフリー」だ。
オールフリーでは初の機能性表示食品であり、その機能性とは「内臓脂肪を減らす。ローズヒップ由来 ティリロサイド」だ。
薬やサプリメントでも使われる、野ばらの実=ローズヒップから抽出した「ティリロサイド」という成分を配合している。この成分に「内臓脂肪を減らす」効果があるのだ。
もちろん、一本飲んでゴソっと脂肪が減るわけではない。飲み続けることで内臓脂肪が減る効果が期待できる、というものだ。
ターゲットはビールが好きだが、健康が気になる・・・という多くの老若男女だ。
さて、ノンアルビールに「機能性を持たせる」という戦略はすでに行われてきた。
いわゆる「トクホ」の商品はたくさん市場に出ており、そのキャッチコピーは「糖の吸収を穏やかにする」であったり「食後の血中中性脂肪の上昇を穏やかにする」などだった。
これに対し、「からだを想うオールフリー」のキャッチコピーはもっと直接的で、効果を強くうたう内容になったといえる。
業界では「超機能性」と呼ばれ、「従来からある機能性を、さらに強力に、さらに高めて、直接的にアピール」しようとしているのだ。
サントリーのマーケティング担当者によると、「これまでのノンアルビールだと、機能性があるのに、あまり客が気づいていないというか、強く意識されてこなかった」という。
確かにそうだろう。
「糖の吸収を抑える」という表現は、昔は目新しかったが、今ではウーロン茶やコーラなどもそんなキャッチコピーを使うようになり、一般化している。
つまり従来の機能性では、アピールできず、魅力=手にとってもらう理由にならなくなっているのだ。
なぜ、ノンアルビールをテコ入れするのか?
これには消費増税が関わっている。2019年10月に消費税が引き上げられるが、ノンアルビールは酒税がかからず、軽減税率8%の適応対象なのだ。
いわば優等生であり、増税時に消費が落ち込んでも、売り上げを伸ばせるかもしれないと期待されているのだ。
とはいえ、ノンアルビール市場は頭打ちにある。2012年に市場全体の出荷ベースは1600万ケースだったが、それから6年経過した2018年も1900万ケース程度とあまり伸びていない。
この市場でイニシアチブを握り、消費が落ち込む時期に業績を支えて欲しい、という願いを込めて、満を持して登場させたのが「超機能性」のノンアルビールなのだ。
サントリーが出せば、キリンも出す
ローズヒップの成分を使う、に至るまで、サントリーはかなりの開発予算を使っただろうことは想像に難くない。
新たな成分を何にするか?という検討から始まり、味を左右しないことや、調達が簡単でコストもかからない・・・などの課題をクリアするのは難問だ。
ようやく商品化にこぎつけ、差別化できる・・・という状況だが、ライバルはそれを黙ってみていない。
最大のライバルといえるキリンも、ノンアルビールのジャンルで新商品を投入する(予定になっている)。
「カラダFREE」という商品で、キャッチコピーも「史上初!お腹まわりの脂肪を減らす」である。
コンセプトはほぼ同じ。史上初はサントリーに奪われたのでは・・・?と思いきや、キリンの商品はローズヒップではなく「熟成ホップエキス」を使用したものらしい。
ホップを使う過程で生まれる、熟成ホップ由来苦味酸に脂肪を減らす効果があると認められたのだ。
なお、キリンの技術研究所の山崎氏によれば「内臓脂肪だけでなく、お腹周りの皮下脂肪も減らす効果がある」とのこと。
サントリーは「内臓脂肪」でローズヒップ。キリンは「お腹まわり」で熟成ホップ。
多少の違いはあるが、ユーザーとしては「ほぼ同じ」という認識になるだろう。あとは味の面で支持されたほうが勝っていくと予想される。
ちなみに、サッポロビールも「超機能性の商品の発売を検討し、準備している」そうだ。
差別化戦略の具体例をみて学ぶこと
ノンアルビールを実際に販売するのは、スーパーマーケットやコンビニなどの店舗だ。
新商品で顧客に訴求できるポイントがある、となればその商品をPRすることになる。
発売時期で先を行く、サントリーの「からだを想うオールフリー」が市場を一歩リードすることは間違いない。
だが、ライバル他社は間髪入れずに同じような商品を投入してくるので、長期的には「どんぐりの背比べの競争」になる。
ひと昔前の「差別化戦略」といえば、勝つための戦略だったが、すでに「差別化するなんてことは当たり前」になっているのだ。
そんなことすらできなければ、市場から立ち去るしかない、というレベルの話。
大企業はもとより、中小企業も個人事業もそんな世界になっているし、実際にそうなっている。
今後重要になってくるのは、「差別化する」だけではなく「真似されない」「真似されにくい」という要素だ。
簡単に真似されそうだな、と思うものは差別化にならない。
特許を抑える、生産者をキープする、安いコストを実現する、など「差別化にも付加価値」が不可欠なのだ。